ドルチェヴィタ

キムラさん観察記。

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2011-09-05-Mon-16:11

誰の作品かも大事ですけど・・・。

お~・・・こっちに書くの超久々(笑)
なんかキンチョーするなぁ。

マーティン・スコセッシという監督さんがいます。
私にとって、結構思いいれのある方なんですよ。
なぜかといいますと、この方は昔『タクシー・ドライバー』という映画を撮りました。
ベトナム戦争後のアメリカに漂っていたなんとも鬱屈した厭世観を、
若き日のロバート・デ・ニーロが演じる孤独なタクシー・ドライバーの自己陶酔と、
破綻していく姿を通して見事に描き出した作品です。
田舎の名画座で見たこの映画に、田舎の高校生だった私はものすごい衝撃を受けました。
その後の映画の好みを決定づけた作品のひとつであります。

で。

なんでスコセッシの話を書いたかといいますと・・・まぁわかる方はお分かりかと思います(笑)
なので、敢て書きません。

スコセッシ監督が遠藤周作の『沈黙』を映画化する、という話は数年前に聞いてました。
残念ながら私は原作を読んでないのでなんともいえませんが、
某日本人俳優さんで決まったらしい、という話を聞き、粗筋を読んだ限りでは
「ああ。彼はハマりそうだよな。」と思ったのでした。
(注:じゃにーず系ではありません)

私はキムラさんのヲタなので、思いいれのある監督さんの作品に彼が出演する・・・!!
となったら、それはもうめちゃくちゃ嬉しいと思います。
ただ『沈黙』に関しては、これはキムラさん向きの題材じゃーないな、と思いました。
むしろ、Bleu de ChanelのPVみたいのをキムラさんで撮ってほしい・・・!!!
又は、昔ジュリーが演じた『太陽を盗んだ男』のリメイクとか←あくまで妄想です。

なぜかといいますと。
私にとって一番重要なのはその役はモエるかどうか、なのです。

なので、トラン監督が撮ったICWRに彼が出演したことは、興行成績とかカンヌで賞が云々とかは
しょーじきどーでもよくて(笑)、私にとっての宝物です。

またそういう作品で新たな彼の姿にモエまくりつつ、コーフンしたいもんですネ。


コメレスです。

〇ちさま、こんにちは。

ウラの日記記事はたまたまなんとなく被ってしまいましたが、コメントへのレスではないです。
ほんと、たまたまで(笑)
話はなんとなく知ってました。
私が聞いた俳優さんはじゃにーずの人ではなかったので、もしかしたらお話に出てきた人wは
オーディションに落ちたのかもしれませんね。
それと、じゃにーずの噂みたいなのでよく目にするのですが、
「〇〇くんに最初来た話なのに、マネ(又は蛇に・じゅり)の一存で××くんに回された」
ってパターンは、私はちょっと「?」と疑ってかかってます。
映画にしろドラマにしろ、似た個性の人が話題に上るならともかく、
例えばキムラと××くんは、まったく違いますからね・・・。
それこそ、作品の根幹を揺るがしかねない配役チェンジ(爆)
だって、ほら、外見からして違いますしw

それと、〇ちさま。
良かったら左にあるメールフォームからご連絡いただくことはできないでしょうか?
ココでのやりとりもいいんですが、あまりストレートな表現ができませんので・・・。
よろしければ、お願いいたします。
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2010-12-01-Wed-17:38

ありがとう。

そこに古代が居た。

そんなにヤマトファンでもなかった自分ですが(え?)、
どっちかっつーとガンダムのが好きですが(シャアらぶ)、

SPACE BATTLESHIP ヤマトさいっこーーー!!!!

そこに沖田艦長がいました。
真田がいました。
島がいました。
徳川機関長が、斉藤がいました。

二次元のキャラクターたちがその本質をなんら損なうことなくそこに存在してました。

ただ二人の例外を除いて。

古代進と森雪。

ファーストしか知らない私にはこの二人は別物に思えたのです・・・。

しかし、この際そんなことどーでもいいんです。

古代進と森雪という人物が、確かにスクリーンの中に存在していました。
何の違和感もなく。

これは父と子、そして無限に繋がっていく生命への畏敬の物語だと思います。

あーーーーーー・・・語りたいけど語れない(´・ω・`)
なぜならネタバレするからw

まぁ、アレだ。

見てくれ。


見終わったあと、急いで帰宅する自転車を必要以上にすっ飛ばした自分がいましたw
すっかり気分は古代進・・・。
こーゆうの久々だな~。

そしてアナライザーよりコスモ・ゼロ機に萌えますた☆
かわゆす(人´∀`)

拍手コメレスです。

〇代さま、おはようございます。

>とにかく よかった!!  
>上映後スーパーに寄ったんですが頭がマワラン、食パンだけ買ってきました

(笑)
たしかに。
頭がぼーーーーっとして足元が数センチ浮いてる感じでした。
いろいろもう一度冷静に見たい部分だらけで・・・。
早く2回目を鑑賞したくてたまりませんです。

拍手コメレスその2.

〇石さま、こんばんは。

力のこもった2回目感想、ありがとうございます~!!
や、めっちゃツボが重なるんですけどぉ、・・・どんなレスを書いてもネタバレしそうなので(笑)
コメントはワタクシの胸に留めておきますw

で。

今日二回目の鑑賞を終え、ムスコと二人して泣いた親子の叫び・・・

SBヤマト、ありがとう~~~~!!!!!!

でシメさせていただきますw
2010-02-11-Thu-16:18

Black Dhalia

以前ある方から「ICWRはBlack Dhaliaに似ている。」と教えて頂いて。
最近ようやくDVDにて鑑賞しました。
なーるほど。仰ることもわかります。ジョシュ・ハートネットが主演だし(笑)
話の構造的にも似てるとこがあるし。

1947年の冬、ロサンゼルス郊外で女優志望の女性が惨殺される。
ブラック・ダリアと呼ばれていたその女の遺体は無残に切断されていた。
この事件を捜査する若き刑事とベテラン刑事。
二人はブラック・ダリアの謎を追ううちに、底なしの闇の世界へと足を踏み入れていく。

・・・というようなストーリーなのですが、映像がとても美しくて(←私的には最重要事項・笑)
登場人物もそれぞれに魅力的で、特にスカーレット・ヨハンソンの輝くようなブロンドと紅い唇、
ジョシュの、滑らかな白い肌と見事に鍛え抜かれたギリシア彫刻的裸体にはクラクラw
残酷でグロテスクで、禍々しい美しさに満ちたエロティックな作品。
苦手な方は気分が悪くなっちゃうと思います・・・ICWRと同じで、誰にでもオススメはできません。
ええ、私はすごく好きなタイプの作品でした(笑)
で。
どこがICWR的なわけ?と思うでしょ~。
ジョシュ演じる若き刑事の捜査方法がね、もろにクラインなのよ。
相棒のベテラン刑事は事件の真相を探るべく、ありとあらゆる資料をかき集め、分析するうちに、
いつしかブラック・ダリア(もう死んでるわけですが)の虜になり、それゆえ命を落としてしまいます。
ジョシュ演じる刑事は、死んだ相棒の資料を引き取り、アパートの部屋を資料で埋め尽くし
(ICWRのクラインの部屋のように)
生前のダリアが映っているカメラ・テストのフィルムを何度も何度も見返す。
・・・そう。まるでハスフォードに<同化>して<汚染>されてしまったクラインが、
バラバラなShitaoのボディ・イメージで、妖しくも禍々しいコラージュを制作したように。
そのうちに異常犯罪者の思考・嗜好・欲望に<同化>し、<汚染>されていく。

ダリアもShitaoも<損傷された肉体>である、という共通項を持ちます。
そして、既に<この世の者ではない人>を巡る物語である、という部分も。
(Shitaoは再生はしましたが、彼がこの世ならざる存在であるのは明らかなので)
トラン監督ご自身もバルセロナの映画祭だったかな?で
「ブラック・ダリアを見てジョシュの起用を決めた。」みたいなお話をしてましたっけ。
だから、ある意味確かにICWRはBlack Dhaliaへのオマージュかもしれません。

ただし。
ICWRは果てしない苦痛に満ちた世界の中に、微かな光明としての癒しを探し当てる物語だったと
私は解釈しています。
つまり、<同化>と<汚染>はそこに至るまでの要素の一つとして描かれているのに対し、
Black Dhaliaは<同化>と<汚染>そのものが物語を貫く一つのテーマとなっています。
なので、ICWRとディテールは似ているものの、Black Dhaliaを見た後、私が思い出したのは
D.リンチの傑作TVドラマシリーズのTwin Peaksでした。

それと、もうひとつ。大きな違いが。
それは、ジョシュ演じるキャラクターが魅入られてしまう<ボディ>の持ち主が、
Black Dhaliaでは女性(異性)であり、ICWRでは男性(同性)であること。
そのため、前者では物語が一種典型的なファム・ファタールものの様相をなし、
後者では(ちょっと語弊があるかもしれませんが)同性愛的な匂いを感じさせるところです。
冒頭の行為(クラインの上半身を裸にして咬む)からもその意図が窺えるのですけどね。

そのヘンももしかして、一層ICWRが<受け入れにくい>作品であることの要因かもしれない。
・・・なんて考えてしまいました。


メッセージサンクス♪


>ある意味不親切だったからこそ、こんなに自分の中に残っているのかも知れないのよ。
>懇切丁寧に描かれるよりも、ちょっと欠けてる方がそこを考察したくなるのよね。
>今はそんな事を放棄するような人が多いのが現実だけど。
>人間、思考する事を止めちゃイカンですよ。

思考することが避けられてるのか?と思わず考え込んでしまうw場面は確かに増えつつあるかも。
『メンドクサイ』『アホくさい』という言葉でバッサリ切り捨てるのがむしろ
アタリマエになりつつあるのかもしれないですねぇ。
こういう書き散らしブロなんかまさに『メンドクサイ』『アホくさい』の集大成なので(笑)
まぁ時代に逆行してるのかも。


>オマージュをパクリといっしょくたにして叩いたりしてる。
>更にアホになると、それを主演俳優のせいにしたりする。何でやねん。

(爆)まさに何でやねん!!
だれかツッコんでやってや!←妙な関西弁でスマソ。


>ブラックダリアの少しセピアがかった印象に対して、ICWRは少しブルーかかってた気がします。
>冷え冷えとした感じ。(Shitaoのシーンだけは暖かい気温と緑を感じたけど。)
>退廃的な雰囲気は両者近いのに、色合いが真逆な印象なのが面白いなぁと。

ああ。確かにそうだ。
作品によって色合いってほんとに違うよね~。撮られた国/撮った人の国籍で変わるだろうし。
フィルムの劣化もあるかもしれないけど、例えば80年代と2010年の空気の色は確実に違うだろうし。
Shitaoのシーンは常に植物の息吹が・・・再生シーンでは生命の荒々しさすら漂ってた気がします。

>ローカルで、「真実のアメリカ」っていうのをバラでやってて、それを見てたら
>アメリカでICWR公開は果てしなく無理に近いかも
>過剰なキリスト教至上主義者が多く、一部の都市部以外は物凄い田舎で保守的って言ってた。

上映されたとしても大都市部の単館上映くらいですかね~。
まぁそれは仕方ないでしょうね。
えらく挑戦的な内容だからなぁ~・・・チャレンジャー!!!みたいな;
2010-02-11-Thu-00:03

潜水服は蝶の夢を見る

2007年のフランス映画なのです。
主人公はあの『ELLE』誌の編集長だったのですが、脳梗塞によるダメージで
ロックト・イン・シンドロームという症状に陥ってしまう。
全く正常な思考・感情を持ちながら、左目と目蓋以外一切動かせない。
一度は絶望する彼ですが(そりゃ当然だ)、左目でまばたきすることで言葉をあやつり、
『潜水服は蝶の夢を見る』という一冊の本を完成させるのです。
肉体の牢獄に閉じ込められた状況を<僕は潜水服に閉じ込められた>と表現し、
想像の翼を広げて自由に動き回る心の状態を<蝶>に例えるユーモア。
(中国の故事<胡蝶の夢>辺りから連想したのかもしれません)
フランス映画だな~・・・と思うのが、そんな状況でも<<アモール>>は忘れないとこ(笑)
日本やアメリカだと、同じテーマで撮ってもこうはならないだろうなー。
愛とユーモア、それに想像力があれば、人間は時間も空間も飛び越えて自由自在に飛翔できる。
それこそが最大の(そして最後の)砦であり武器であり、生きる糧である、と。
言葉だけでなく、映像と音楽と、断片的な会話のシーンを丁寧に繋いでいくことで描きだしている。

海や空、崩れ落ちる氷河のブルーが多用されているのですが、
全体的に薄いサンドベージュのフィルターがかかったように柔らかく、少しだけ寂しげで、素晴しく綺麗。
音楽もヴェルヴェット・アンダーグラウンドとかトム・ウェイツとか個人的にすごいツボ。
ラスト近くにトリュフォーの『大人は判ってくれない』の曲が流れたときには危く泣きそうになりました。

これ、DVDで欲しいなぁ。

やっぱ映像と音楽は大事ですね。

2009-11-08-Sun-18:59

アンヴィル

みました、友達と。

『アンヴィル 夢を諦めきれない男たち』

もともとノンフィクション好き、っつーのもあるんですが

コレ、いいっすよ!!!!
泣きました(つД`)・゜・
なんつーか、こう、バカみたいに正直っつーか、無闇に必死というか、力の限りに生きてるっつーか。
こういうの、弱いんですよ・・・・。
本人のホンキさに感動しました。また上手いんだよね編集もBGMも。
メタルの良さがまーったく、ぜーんぜんわからない私ですが。
そうゆうこと抜きで、ジーーーーーーーーーーーーーーンと。

でもね。
リップスはどこにでもいるよ、たぶん。
私たちの周りにも、きっと。
気づかないだけでさ。

ところで。

なんでPG-12なんだ?と不思議でしたが。
冒頭でわかりますた。
つーか、あんなの別にぃ?のレベルだけどな!

若いコにこそ見てほしいかも。
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